ジューンブライド
 六月の雨の雫をヴェールに受けると、幸せになれるのだと言う。
 そんな優しい御伽話を、私は濡れた街を見下ろしながら思い出していた。

 ウェディングドレスとタキシード。
 卒業記念の発表会の作品は、満場一致に近い形でそれに決まった。
 冗談じゃない。それが私の正直な感想。
 今そんなものを作る気にはなれなかった。私は大きな恋を失ったばかりなのだ。
 苦い気分になりながら、私はチラリと教室の隅に座る男の子を見てみる。耕介は、椅子
にふんぞり返って、半分寝ていた。
 ふた月くらい前に別れたばかりなのに、彼を見てもそんなに辛く感じないのは、きっと
あの、飄々とした態度のせいばかりではない。私達は、誰から見ても幸せそうなカップル
だったらしいけれど、本当は、どこをどういじっても、もう終わるしかない二人だった。
二人とも、それを知って別れたのだ。
 高校から付き合い始めて、四年が過ぎようとしていた。私達は、互いに強く愛し合い、
同じ服飾専門学校への道を選び、それぞれを心から認め合ってきた。そうしてその関係が
崩れはじめた時にも、二人とも、確かに全力を尽くしたと、私は自信をもって言える。後
悔はしていない。
 ただ、一人に慣れるのには、時間が掛かりそうだった。
 もういちど教室の隅を振り返ってみると、耕介は、新しい彼女に揺り起こされていると
ころだった。
 眠りを妨げられた時、その鋭い目で相手を睨むのは、昔からの癖。
 そんなことを考えていた自分に気が付いて、切なくなってしまう。
 それはもう、愛情ではないのだろうけれど、耕介の隣りで笑う彼女を見るたびに、胸の
奥が淋しいと泣く。少し前まで、私の居場所であった場所。長い生活の余韻は、そう簡単
には消えないものなのだろう。

 発表会までにはまだ大分時間があったけれど、私には、とてもドレスを作れる気はしな
かった。そうして事実、その十分にあった筈の時間の余裕が半分くらいまで減った頃になっ
ても、私の仕事は進んでいなかった。
 下手に考えると、浮かんでくるのは、耕介と考えた二人の為のドレスのデザイン。けれ
ど、まさかそんなものを発表会に出すわけにはいかないし。彼のことをまだ好きな訳では
なかったけれど、二人で戦った日々の傷を癒してまっさらな自分に戻るためには、まだも
う少し、時間が足りなかった。
 とはいえ、私は焦っていた。このままでは間に合わない。クラス子の殆どは、もう仮縫
いの段階に入っていた。恋人のいる子は、二人の幸せを夢見て。いない子は、未だ見ぬ幸
せを夢見て。私に新しいデザインが描けないのは、やがて来るだろうはずの幸せが自分に
もあることを、信じられないからかもしれない。
 そんな私の焦りに気付いていたのか、教室を抜けて階段で行き詰まっていたある日、耕
介が話し掛けてきた。
「どうよ?調子は」
 どすんと一つ下の段に腰を下ろした耕介は、以前と変わらない口調でそう言った。
「なんでお前、こんな所でやってるの?」
「教室は居づらいから。未だにデザインしてるのなんて、私くらいでしょ」
私はそう言って、手もとの白紙を耕介に見せる。
「浮かばなくてさ」
「珍しいじゃん。お前が自分の服を考えられないなんて」
 耕介は私から白紙を受けとって、ヒラヒラさせながら、少し何かを考えているようだっ
た。
「自分が着たいデザインを考えれば良いんだよ。」
それからもう少し躊躇って、少し優しくこう言った。
「どんなウェディングドレスが着たい?」
 久しぶりに真っ直ぐ彼の顔を見て、私は、いくらか自分のバランスが安定している気が
した。でも、もう私達は以前のようには支え合えないから。こんな風じゃあ、ダメなのだ。
「幸せになれるドレス」
 それは、少し意地悪な答えだったのかもしれない。耕介は、新しい恋人を私よりも先に
作ってしまったことを、気にしているようだったから。私は別に、意地悪を言うつもりは
なかったのだけれど。ただ、私も幸せに出会いたかった。
「お前を幸せにしてやりたかったよ。でも、多分オレ達じゃ、なれないんだろうと思う
よ」
 長く困った末に、耕介は、鋭い目を精一杯優しくして、そう言った。その優しさが嬉し
かったから、私は笑ってこう言った。
「わかってる」
 それから今度はちょっと意地悪で、こうも言った。
「今の彼女となら、幸せになれる?」
 耕介は何も答えなかったけれど、代わりに苦笑して、首を傾げてみせた。
 私はまた笑った。

 それから耕介が私に教えてくれたのは、優しい御伽話。
「六月の結婚式に降る雨ってのは、天からの贈り物なんだってさ。雨粒は天からの祝福の
パールで、それを受け取った花嫁は最高に幸せになれるんだとさ」
 柄にもない事を言い出したのが恥ずかしいのか、耕介はどこか明後日の方向を向いたま
ま、だからジューンブライドってのは人気なんだよ、と付け足した。
「……知らなかった。祝福のパールかあ」
 私がその雨の様子を想像していたら、耕介は立ちあがり、私に白紙のデザイン用紙を戻
すついでに一緒に一つ、袋を置いた。
「何?」
 見上げて聞いたけれど、耕介はそれには答えずに、
「早めだけど、オレからの祝福。……いつかの為にな」
とだけ言って教室へ戻って行った。
 後ろ姿を見届けてから開いてみると、袋の中には、大量のビーズが入っていた。
 五ミリ位の、真珠色をしたビーズ。
 それは、私が幸せになるいつかの為の、耕介からの祝福。
 そういう意味?

 私は、それから三日で、パールを散りばめた幸せのドレスのデザインを、完成させた。
 
 そうして月日は過ぎ、私は今、傍らの愛しい人と濡れた六月の街を幸せに眺めている。
 私の頭上では、真珠色のビーズが、祝福の雨に包まれて輝いている。
 

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あとがき
この作品は、APPLEさんから「初夏の恋愛物」というお題を頂いて書いたわけですが、その
とき三月。初夏、初夏、しょか……えっ!?初夏って、どんなだったっけ??と、すっか
り春気分になっていた凛は慌てふためいてしまいました。仕方がないので、初夏と思われ
る五月から六月の行事を一つずつ思い出し、その頃撮った写真を眺めたりして、なんとか
この作品となりました。自分の想像力のなさを痛感。
ちなみに、ジューンブライドについての逸話は、凛の作り話です。以前、似たような話を
聞いたことがある気がするんだけど思い出せないし、まあ良いか、と自分なりに作ってし
まいました。きちんとした正しい逸話があるんでしょうが、こうやって自分なりに信じて
幸せになった人だって、きっといるでしょう(笑)。

この作品を、カウント888ゲッターのAPPLEさんに捧げます。
 






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